引渡しから本当のお付き合いが始まります。

「地元で生まれ地元で育った工務店」として、引渡し後はオーナーズクラブに入会していただき、定期点検のご案内や、ISO9000シリーズを取得してアフターフォローの仕組みをシステム化するなど、アフターフォローに力を入れ、より親密な笑顔の交流をわたしたちは目指しています。

点検は6ヶ月、6ヶ月、1年と、引渡し後、1年間に3回の定期点検を実施していますが、ただ単に点検するのではなく、お客様とのふれあいを大切にしていきたいと思っています。

家は建てた時はゴールではありません。

建てたら私たちとお客様との関係は終わり、ではなく、そこからが本当のお付き合いの始まりだと思っています。

だから、家を建てる間にしっかいと信頼関係を構築していかなかればいけないのです。

ハゼモト社員が気軽に立ち寄れるような間柄にお客様となれたときって、本当にうれしくなります。

またオーナーズクラブのお客様とのふれあいの一貫として、いろいろなイベントも開催しています。

 
 「木工教室」 

[お客様の声]
先日は、「春の住まいるふれ愛まつり」へ参加させていただきありがとうございました。
アットホームなお祭りでハゼモトがますます好きになってしまいました。
棟梁がほとんど作ってくださった我が家のセカンドホーム「ことりの巣箱」はきのう子供達に手伝ってもらってなんとか針金を装着しあとはペンキを塗って木にくくりつけるだけです。
小鳥が飛んできてくれるといいですが・・・、、、。


 「珪藻土ぬりかべ体験会」 
 

最近話題のからだに優しい自然素材、呼吸する壁「珪藻土(けいそうど)」の壁塗りをじかに体験してみませんか?

ハゼモトでは毎月「珪藻土ぬりかべ体験会」を実施しています。

新築・リフォームで、自然素材に興味がある方、自分で塗ってみたい方に、その優れた特性を施工体験を通して体感できるチャンスです。ぜひお試しください。

珪藻土のキャンバスにビー玉や貝殻で自由にお絵かきするアートフレームもプレゼント。お子様もごいっしょに楽しめます!

 

 「住まいるふれ愛まつり」 

本社事務所で2日間にわたって行いました「春の住まいるふれ愛まつり」。
珪藻土ぬりかべプチ体験会、ハゼモト棟梁による木工教室、網戸張りサービスに包丁研ぎサービス、リフォーム展示に資金計画相談会・・・、などなどたくさんの催しに多数のご家族でにぎやかな、笑顔あふれる2日間となりました。

 「クリスマス訪問」 

毎年恒例となりました、クリスマス突撃サンタ訪問。

最近はサンタと一緒に怪しい!?トナカイも、、、

みなさん、プレゼントはいかがでしたでしょうか?

 

アフターフォローの様子はブログでもご覧になれます。

ブログ『ハゼモト家づくり後記』 建ててからがスタート編

家は建てたときがゴールではありません。ハゼモト建設の家づくりコンセプト『安心と絆』を感じる家づくり。だから、建ててからが本当のお付き合い。お叱りや苦言も全て公開の『ハゼモト家づくり後記』

家づくりの流れ

家づくりの流れ

ブログ「検査のケン」地元工務店の家づくり

検査は実直が一番!「検査のケン」はまじめな検査日記となっています

 

ブログ『ハゼモト家づくり後記』 建ててからがスタート編

家は建てたときがゴールではありません。ハゼモト建設の家づくりコンセプト『安心と絆』を感じる家づくり。だから、建ててからが本当のお付き合い。お叱りや苦言も全て公開の『ハゼモト家づくり後記』

その他

FM KITAQ

社長も出演しました http://www.fm-kitaq.com 


JIO

第三者の検査・保証機関 http://www.jio-kensa.co.jp/


ゲンバアイ
工事中の我が家の様子がインターネットで見られるサービスhttp://www.genbaeye.com/


病院・店舗

天ぷらはまや

あつあつ揚げたて天ぷら http://www.hamayaweb.co.jp/

 


守恒レディースクリニック

妊娠や出産、婦人科に関するクリニック http://www.mlc.or.jp/


  

 

企業

ウッドワン

ニュージーランドに広大な植林 http://www.woodone.co.jp/ 


TOTOリモデルクラブ

地元北九州の企業 http://www.toto.co.jp/


サメジマコーポレーション

珪藻土のぬりかべ体験 http://www.samejima.co.jp/


九州電力

オール電化住宅推進 http://www.kyuden.co.jp/


ウィザード 

北九州の巨匠フォトグラファー http://www.photostudio-wizard.com/


ゼムケンサービス

インテリア・店舗おまかせの兄弟会社 http://www.zmken.co.jp/


ag福永建築事務所

アトリエデザインHagのタッグパートナー http://www.ag-fukunaga.com/


エムティージャパン

システム&デザインの会社 http://www.mt-japan.co.jp/


日々更新!!ハゼモトブログ

公共工事格付Aランク。北九州で生まれ育った工務店二代目社長日記

そもそものスタートは仕方なく・・・というのはまぎれもない事実。大工上がりの父親が立ち上げた小さな工務店を社長である父親の急死。他に該当者もいないのでトコロテン式に社長に。何もわからず、何もできず、人もいない、お金もない。相談する人もいない、営業先もない。ただあるのは、会社の『看板』のみ。そこからが2代目社長のスタートなのです。超個性派軍団の社員とともに悪戦苦闘の毎日を、ウダウダ話も交えて書き綴ります。


売り込みできない?ムーミンつぐみの営業日記
地元の工務店で家づくりアドバイザーとして、日々戦い続けるムーミンつぐみの、笑いあり涙ありの感動記です!?


女性建築家のたまご日記

早くヒヨコが生まれるために、毎日、いろんなところからくちばしでつつかれています。 が!!そんなことにも負けずに、マイペースで頑張っています☆ (早く殻にヒビが入らないかな〜?)


いくつになってもお勉強・新「(平均年齢)40のボヤキ」

昭和40年創業の老舗工務店。キャッチは『地元で生まれ地元で育った工務店』その舞台裏に今回、平均年齢40歳キープの為に、多分イケ面系営業マンchappyが新たに参戦。更にコミカルでパワーアップされ、家づくりに粉骨砕身情熱を注ぐ新「(平均年齢)40のボヤキ」に話題騒然かも?


「検査のケン」地元工務店の家づくり

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家づくりのプロがお勧めする北九州土地情報クラブ

家づくりの第1歩は土地探しから。 ハゼモトは『安心と絆』を感じる家づくりが基本コンセプト。家づくりのプロの視線で『自分スタイルの家』をイメージしながら北九州の土地情報をご提供させていただきます。


『ハゼモト家づくり後記』 建ててからがスタート編

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北九州の工務店『ハゼモト建設家づくり日記』

北九州で昭和40年創業の『地元で生まれ地元で育った工務店』ハゼモト建設の家づくりの工程をリアルタイムでオープンに公開。公共工事格付けAランクの技術と実績で『安心と絆』をお約束します。

お世話になりました!

声マーク.gif お世話になりました。クリスマスも来て頂いたのにいなくって残念でした。イケメンサンタにも会いたかったのに。。。子供もとても喜んでいます。あれって、新築後1年だけでしょう?
本当にありがとうございました。
では、よいお年をお迎えください。お正月は家でゆっくり過ごします。(小倉北区O様)

大切に家と一緒に暮らしていきたい!

声マーク.gif 引渡しから早2ヶ月が経とうとしています。本当に本当に毎日快適な生活を送っています。帰りの遅い主人も最近はこころなしか、帰宅が早くなりました。とても嬉しいです。
最近感じることは、「家が一番!!」ということです。住み始めがちょうど暑くなり始めたころでしたが、全室クーラー完備でしたので安心でしたし、やはり噂に聞いていた1階の防犯サッシはすごいです。外の外気を感じさせません。 クーラーの効きもバツグンです。又、防音性もすばらしく1階のリビングにいると雨が降り出しても気がつきません。主人のお気に入りは、「魔法瓶ぶろ」です。夜中かえってきても十分温かくて心地いいそうです。子供のお気に入りは広いリビングとリビング内階段です。リビングでは三輪車に乗って遊んでいます。リビング内階段からは「やっほー」と叫んでます。とてものびのびしてて楽しそうです。吹き抜けがあるせいか声が響くのは家の機密性のよさを感じます。 そして、私のお気に入りはまずはキッチン、子供の姿を見ながら料理できるのはとても幸せです。IHクッキングヒーターは手入れが楽でタイマー機能などを利用することで、煮物をしたまま子供の迎えに出かけることもできて、とても便利で料理が楽しくなりました。
浴室乾燥機はすぐれもので、雨の続いた時でも無敵です。子供の着替えが多い我が家にはとても助かりますし、いままではランドリーまで抱えて行ってましたが、その労力も必要なくなりました。22時以降の深夜電力を使うと負担にもなりませんよ。私はオール電化でタイマーを駆使して深夜電力をフルに有効利しています。(笑)家事全般に「かなり楽になった!!」と本当に実感しています。 働きながら子育て中の私には家事の軽減がとても体を楽にしてくれます。本当に助かってます。 この家に住み始めた頃、IHの使い方の説明をして下さる専門の方の来訪がありました。
その方は、新築の家ばかりに行くそうなのでものすごい数の家を見られてきたそうです。その方が、「この家はとてもいい家ですね。入った瞬間に立派な家だとわかります。お世辞ではなくて本当に立派な家ですよ。」と言ってくださいました。とてもとても嬉しかったです。私たち家族が「家にいたら大丈夫!!」という安心感があるのはそのせいなんだなぁと思います。建築中からはぜもとさんにはいろいろわがままやご迷惑をおかけいたしましたが、私たちはこの家をもててとても幸せです。これも、はぜもとさんの根気強いお付き合いのおかげだと思っています。本当にありがとうございます。大切に家と一緒に暮らして行きたいと思っています。
これからも、よろしくお願いいたします。(苅田町T様)

■新春「福袋」企画

新年あけましておめでとうございます!

「家族や子供の将来のために今年こそは、、、」と家づくりをお考えの皆様へ。
ま、まさかの新春「福袋」企画の発表です!
お申し込みいただいた方の中から、抽選で1棟、
通常価格1,348万円を
”998万円”(税込)でご提供いたします。

お申し込み、お問い合わせは、今すぐメールで!

info@hazemoto-k.co.jp


電話・FAXでも受けつけております。
tel:093-931-0521
fax:093-931-0927

櫨本健一物語

櫨本健一 

 家づくりのプロの称号である一級建築士・宅地建物取引

主任者・ファイナンシャルプランナーの資格を持つ、

北九州市公共工事格付けAランクの昭和40年創業の老舗

工務店2代目社長。


『地元で生まれ地元で育った工務店』として住宅業界の

分かりにくかった価格の仕組みや常識と断固戦い、同じ

世代の初めて家づくりに取組む子育て世代の為に

『安くて・強くて・カッコイイ』家づくりを実現するた

めに『年中夢求』で奮闘中。

ブログ 『地元で生まれ地元で育った工務店の二代目社長日記』も是非ご覧下さい!
http://blog.livedoor.jp/hazemoto0521/
学 歴
  1974年 北九州市立三郎丸小学校卒
1980年 北九州市立足立中学校卒
1983年 福岡県立小倉西高等学校卒
1988年 明治大学工学部建築学科卒
職 歴
  1988年 株式会社上成建設 入社
1992年 ハゼモト建設株式会社 入社
1994年 ハゼモト建設株式会社 専務取締役就任
1999年 ハゼモト建設株式会社 代表取締役就任
資 格
  1991年 一級建築士第226728
1992年 一級建築施工管理技士第91950073
1996年 宅地建物取引主任者第96401104
2001年 AFP(ファイナンシャルプランナー)第932902

 

『子育て世代の家研究室』を通じて、多くの子育て世代の方が、幸せな家づくりが出来るため、非常識な「住宅業界の常識」と断固戦っています、ハゼモト建設の櫨本健一と申します。
漢字で書くととても難しいのですが、“はぜもと”と読みます。触るとかゆくなるハゼノキのハゼです。関係ありませんが魚のハゼではありません。ちなみに、魚のハゼは鯊と書きます。
「この会社、一体どんな奴がやっているんだ?」
と思われる事と思います。せっかくご縁を頂きましたので、少しだけ自己紹介をさせて下さい。
私は昭和三十九年、当時五市合併したばかりの北九州市小倉区三郎丸(現在の片野)で生まれました。地元のあかつき幼稚園、三郎丸小学校、足立中学校、小倉 高等学校を卒業し昭和五十九年明治大学工学部建築学科に入学しました。
なんで建築を志そうかと考えたかというと、家業が工務店をしていたという単純な理由でした。高校のクラス編成の時にも迷わず理系のクラスを選んでいました。この迷わずというのが大きなポイントとなるのです。とはいえ、不思議と自分の進路について両親から強要された事は一度もありません。
 当時、会社という名前こそ付いていますが実態は会社=家庭の零細企業です。
当然、子供とはいえ、仕事の状況はなんとなく、会話や雰囲気から感じ取れていました。その父と母の働く姿を毎日見ながら、ごく自然に自分の道はこれしかないと思い、そのために必要な事を日常の生活から学んでいたような気がします。
私は、自分が選んできた道ですから当然、建築という仕事はとても素晴らしい仕事だと思います。それは、身体を動かし、汗をかき、物をつくる事の喜びや、多くの人と協力する事の楽しさなどなどを知ることができるうえ、自分が手がけた物が、作品として残るからなのです。
 ところで、私のすまいは小学校四年生まで借家でした。子供時代を過ごした昭和40年代、各家庭にも急速に風呂が普及しており銭湯がボツボツなくなり始めた頃です。この借家に引越してきた時には、お風呂がなかったのですが、家業が工務店とは便利なもので、仕事が暇な時に余った材料で風呂場を増築してくれました。銭湯に行かなくても、いつでもお風呂に入れるようになったので、とても嬉しかった事を今でも覚えています。ただ、もともと風呂がない借家でしたので、間取り的に出入り口がなく、脱衣場がないのです。
今まで外に面していた窓が、出入口でした。

 

ガラスには白のペンキを塗ってあり、それがすぐにペラペラに剥がれてきて、露天風呂のように、外の景色が見えてしまい決して風流と呼べるものではなく、実は内が丸見えだったという奇妙な記憶もあります。この借家での生活が小学校の四年生まで続きました。その借家の横に事務所兼倉庫があり色々な材料や道具が転がっていました。
  当時、野球が好きでしたので家の裏の公園で町内の友達とよく遊んだものですが、バットを持っている人はあまりいませんでした。 そこで、倉庫を探索しては、丁度良い材木を見つけてバットがわりにしていまして、子供心に誇らしげな気持ちになった事を今でもよく覚えています。「俺がいないとバットがないぞ。そしたら、野球ができないだろう!」
 その他にも家が工務店をしていると、子供が欲しい道具や材料がそこらへんにいっぱいあるのです。本当は全然自分のものじゃないのに、友達を引き連れては我が物顔で見せびらかしたりもしていました。
「工務店の社長っていいなぁ。色々な道具や材料があるし、他の友達がうらやましがるものばかり。大きくなったら社長になろう!」子供心に将来の夢を描きました。単純なものです。

小学校の卒業式では、ステージの上で校長先生から一人ずつ卒業証書を手渡される時にOHPで将来の夢を映し出す演出がありました。その時、迷わず『一級建築士になる』と書きました。
 私の父は学歴もなく、いわゆる『叩き上げの大工』でした。高度成長期に、少しだけ時代に後押しされ会社を持つ事ができましたが、やはり根っからの職人さんでした。そんな父が二級建築士に挑戦していました。建築の世界で生きていくには、やはり資格は必要です。何度も何度も挑戦していましたが、結果は毎回不合格。カナヅチを持たせたら誰にも負けない父も、鉛筆を持たせたら、とたんに眠くなる始末。お手上げだったそうです。
 その姿を見て子供ながらに「頑張って資格を取りお父さんを助けてやろう。」と思い、建築を一生の仕事にすること、その延長線上で一級建築士の資格を取るということを、大きな夢と目標としたのです。
でも、つらいことも目にしてきました。夕食の時、仕事のことで父と母が口論をするのです。その時はうまく理解できませんでしたが、あとになって考えると、会社経営の厳しさや難しさを目の当たりで見てたんだなぁと思いました。
 その姿を見て子供ながらに「頑張って資格を取りお父さんを助けてやろう。」と思い、建築を一生の仕事にすること、その延長線上で一級建築士の資格を取るということを、大きな夢と目標としたのです。
でも、つらいことも目にしてきました。夕食の時、仕事のことで父と母が口論をするのです。その時はうまく理解できませんでしたが、あとになって考えると、会社経営の厳しさや難しさを目の当たりで見てたんだなぁと思いました。
まだまだ、若いと思っていましたが、私も今年で三十九歳になりました。
二十年前といえば誰しも懐かしく思える、大学時代はまさにバブルの最盛期

 

東京の学校という事もあり非常に多くの刺激をうけました。安藤忠雄、葉祥栄、伊東豊雄、高松伸、磯崎新、丹下健三、黒川紀章、原広司。日本、いや、世界を代表する多くの著名な建築家の作品に触れることができました。その中でも女性建築家の長谷川逸子氏と、直接お話する機会を得た事を今でも鮮明に記憶しています。
また、ゼミ活動の一貫で船に乗って隅田川や神田川から東京の古い建物を見学するという二度と体験できそうもない企画を発案し多くの経験と刺激を得ることができました。
 その大学時代に創立20周年を迎えるにあたり会社も有限会社から株式会社に組織変更をしました。
 実は、就職活動に入る時、迷いが生じていました。就職戦線は完全な売り手市場。私もアルバイトでお世話になったデベロッパーに勧誘をうけていました。その後、世間を騒がせたリクルートコスモスです。当時はまだ事件の前でしたが、未公開株の件が事件の焦点になった事からも分かるように、大変魅力的で勢いのある会社でした。そして大学で勉強した延長線上で建築を楽しみながら仕事ができるという感じがしていました。
しかし、結果的にはそこに就職しませんでした。選んだ先は福岡市の地場建設会社でした。
なんでその会社を選んだかというと、実は、明確な理由は存在しません。理由がないことが理由なのです。
  鮭が成長して自分が生まれた川に戻ってくるのと同じように本能的に、地元の会社を選び、しかも施工部門に興味を持っていたからなのです。
当時の社会情勢からいっても、大手ゼネコンさんにでも就職するのにさほど難しくなかった時代でしたが、子どもの頃の身体に染み付いた記憶や習慣がそうさせたのでしょう。
「一級建築士の資格を取って、そして社長になっちゃる。」それには大きな会社では必要な能力を習得できるものではないと。
 4年間、ビル建築や病院、マンションと現場管理者として技術を学び、子どもの頃からの夢であった、一級建築士も運がいいことに大学を卒業して三年目で、一発合格することができました。
しかし、バブルの終焉と共に、会社も銀行管理になり、幸か不幸か、もう一つの夢を実現するべく家業の工務店に従事するようになりました。

 

ところが家業に従事しだしてまず初めに感じたことは、
「社長って大変な仕事やないか。」ということでした。実は、うらやましいと思っている方もおられるかもしれませんが、零細企業の社長なんて、サラリーマンの方が思う程、決してよいものではありません。時代が変っても仕事=家庭の図式は変っていません。
資金繰りのこと、仕事の手配、営業活動、社員の管理、福利厚生などなど。多くのことが全部社長の裁量なのです。
「決して楽な仕事やないやないか!」そして何よりも困ることは、安定感がないことなのです。
今日仕事があるからといって明日あるという保証がどこにもありません。ご存知のように建設業は、請負業と古くから呼ばれています。

 

請負というのは、「ある仕事の全責任を持って引き受けて完成する事によって、注文主が報酬を支払う契約」という意味です。人によっては、あくどい施主にあたると、請けて負けるという人もいますが、場合によっては、道義的には問題かもしれませんが、一旦、契約して請け負ってしまえば、それが割高でも完成させて引き渡せれば、それは一概に契約違反とは言えないという世界なのです。
なぜなら、適正価格というものは存在しても、定価というものは存在しないからなのです。完全にハンドメイドでフルオーダーしなければいけないからです。テレビや冷蔵庫などと違って、商品というものが存在しませんから当然といえば当然です。
ここが昔ながらの、いわゆる『どんぶり勘定』が、まかりとおっていた所以なのです。こんな風潮が、「家を建てたい」と思っても何を基準に選んで良いのか、どこを信じて頼んだら良いのかわからなくしているのです。

悲しい事にこの悪しき慣習は今でも続いています。

「予算もないのに見栄を張りすぎた。返済がたいへんだぁ!」
「アパートの家賃と同じだからと、その気にさせられたが、現実は全然違うじゃない。」
「なんとなく家を建てたけど、自分の人生設計と食い違った家を建ててしまった。」
「税金やら保険やら予期せぬ出費が多くて困る。詳しく説明をしてもらえば良かった。」など、こんな声をよく耳にします。しかも私と同じ結婚して子供ができ、家づくりに関心がある同じ世代の人からです。
なぜ、その様なことが起こるかというと、家を建てること自体が「人生の目的」となってしまい大切なものを見失う消費者が後を絶たないからです。
家は所詮「器」に過ぎません。家族が健やかに過ごすための生活の場であり、お互いを認め合い「愛」を育てる棲家なのです。
 私は、運良く一級建築士になれました。父親が亡くなり、少し鈍いですが、親の七光りで社長にもなれました。小学生のときの夢は、もうすでに達成しました。しかし、元々、建築という仕事が好きでこの世界に入りました。人の喜ぶ顔を見ることができるからです。 今、子育て世代の多くの方が、真剣に家づくりに取り組んでいます。

 

私は、建築のプロの称号の一級建築士や、不動産取引の実務者の資格でもある宅地建物取引主任者でもあり、家づくりには欠かせない、マネーコンサルタントの称号、ファイナンシャルプランナーでもあります。
 しかし、家庭に帰れば2人の子供の父親です。皆様と同じ、子育て世代の一員なのです。 だからこそ、一人でも多くの方々に幸せな家庭を築くための、正しい知識を身に付けていただきたいと思いますし、私にはそれをお手伝いする使命があるとも感じています。 皆さんは、給料が安くて、出費多難な子育て世代でも安心して、生活できる、安くて、強い家づくりは、できると言われても信じられますか?
実は、正しい知識を身につけて、努力すればできるのです。 ご縁がありまして、あなた様とこうして知り合う事が出来ました。

 

幸せな家づくりをするには最低3社を比較する事が重要だと言われています。
 もちろん家はどの会社で建てても自由です。ただ、私たちの『子育て世代の健康住宅』を商品選択の基準として頂ければ、あなた様の家づくりがきっと成功すると確信しております。
私たちは地元で生まれて地元で育った工務店。売り込みも苦手ですし、豪華なカタログ、夢を見させるような展示場も持ちませんが、公共工事で培った福岡県の工事格付が最高のAaランクが証明する『安くて強い家』を造る技術と信頼感は誰にも負けないつもりです。何かお困りの事がございましたらご遠慮なくお声掛け下さい。私が責任持ってお答え致します。

 

ハゼモト建設株式会社 代表取締役櫨本 健一

わたしたちがサポートさせていただきます!

■なぜか?売り込みが苦手な幸せづくりサポーター29歳 

ムーミンつぐみ    tsugumi1.jpg

年齢のわりには、落ち着いてみえますが、家づくりにかける情熱は誰にも負けません。失敗しない資金計画ばっちりおまかせください。

ブログ売り込みできない?ムーミンつぐみの営業日記



 ■健康住宅アドバイザー 

アミダクイーン田代  tashiro21.jpg

 主婦暦○○年の経験を活かして、初めての家づくりに取り組む子育て世代の皆様の悩みや不安を解消するお手伝いをします。

ブログいくつになってもお勉強・新「(平均年齢)40のボヤキ」


■お客様のために猪突猛進!なんでも前向き、なんでも実行 

よろずやテック林   hayashi1.jpg

営業、設計、検査、アフターフォローと何でもこなすわたしはハゼモトのよろずやです。困ったことはなんでもわたしが引き受けます。

ブログ『ハゼモト家づくり後記』 建ててからがスタート編


■福祉住環境コーディネーター2級・スマイルコーディネーター1級

ナースひろたろう    hirota1.jpg

得意な福祉系の知識を活かし、幅広い年齢に合った身体に優しい家づくりのお手伝いをいたします。

ブログ家づくりのプロがお勧めする北九州土地情報クラブ


■夢実現サポーター

サイエンティスト河村 kawamura1.jpg

まだまだ若輩者ですが、お客様の夢を実現するお手伝いをしたいです。

ブログ「検査のケン」地元工務店の家づくり


■ハゼモトのイベント部長 

りんたろう       rintaro.JPG

意外と働き者です。暑さにはちょっと弱いけど、子供たちの笑顔が大好物です

地元で生まれ地元で育った工務店

  弊社は、初代櫨本春夫が、大工として当地に枦本工務店の商号を以って建設を始めて以来、二代三十数年になります。
初代櫨本春夫は昭和26年、長崎県島原より小倉を選び、この地に建設業を開業しました。
ただひたすらに一般住宅、店舗を設計し、施工を行い、独自の努力はまさにこのとき開花致しました。最初のころは資金面でも相当な苦労をしましたが、「いつも好調な時ばかりは無い。しかし、これがまた人生である」と粘り強い努力がついに実を結んで現在の状況まで発展を勝ち得ました。 昭和40年、土木、建築、設計、施工の専門工事業者として登録し営業を軌道に乗せ昭和60年、創業30周年、会社設立20周年を迎えるにあたり、有限会社枦本工務店からハゼモト建設株式会社に社名規模共に一新致しました。
  しかし、志し半ば、総仕上げ目前にして、平成11年1月病の為、他界致しました。
現社長は初代櫨本春夫の長男で二代目として、創業者が築いてきたこの社風を継承し建設業界大変革の今、その時々に即した対応が出来るような人材の育成や、企業基盤づくりをなお一層充実させて、更なる発展を目指します。

 

社名      ハゼモト建設株式会社

■所在地     〒802-0064 福岡県北九州市小倉北区片野4-12-10
        TEL:093-931-0521 / FAX:093-931-0927

■設立      昭和40年12月

■資本金     4,000万円

■代表者名    代表取締役 櫨本 健一

■業務内容    1.特定建築業/福岡県知事許可(特−14)第26333号
        2.ハゼモト建設(株)一級建築事務所/福岡県知事登録第2-66288号
        3.宅地建物取引業者/福岡県知事(1)第14873号

■所属団体    小倉建設業組合
        福岡県建設業協同組合
        北九州市すこやか住宅改造助成事業施工
        福岡県宅地建物取引業協会
        TOTOリモデルクラブ

■取引銀行    西日本銀行城野支店
        福岡銀行北九州営業所
        伊予銀行北九州営業部
        山口銀行北九州支店

■社員      12名(男9名、女3名)・技術職:6名 事務職:1名 職員:3名

■有資格者    一級建築士:2名 一級建築施工管理技士:2名
        二級建築施工管理技士:1名 二級建築士:3名

■関連会社    有限会社ゼムケンサービス
        合資会社Hai

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[HISTORY]

■創業     昭和37年10月  枦本工務店として発足 小倉市三郎丸電停前

■設立     昭和40年12月  有限会社枦本工務店 資本金50万円
               櫨本春夫 代表取締役に就任
               北九州市小倉区片野3丁目6番

      昭和49年11月  社屋新築移転
               北九州市小倉北区片野4丁目12番10号

      昭和51年  1月  資本金350万円に増資

      昭和60年12月  ハゼモト建設株式会社と社名変更
               櫨本春夫 代表取締役に就任
               資本金700万円に増資

      昭和61年11月  資本金1225万円に増資

      平成元年12月   資本金1725万円に増資

      平成 7年  1月  宅地建物取引業の免許取得

      平成 7年11月  資本金2500万円に増資

      平成 9年 7月  資本金3000万円に増資

      平成11年 1月  櫨本健一 代表取締役社長に就任

      平成11年 7月  資本金3700万円に増資

      平成13年 7月  資本金4000万円に増資

      平成18年 7月  資本金4300万円に増資